31日午後、狭山事件の再審を求める市民集会が日比谷野外大音楽堂で開催。立憲民主党からは、堀越啓仁、武内則男、初鹿明博各衆院議員が出席しました。
1963年5月に埼玉県狭山市でおきた女子高校生殺害事件(狭山事件)で、石川一雄さんが冤罪を叫び続けて55年になります。さらに、1954年10月31日に狭山事件の有罪判決が出されて44年を迎えました。今年も、石川さんの無実を訴える市民、ジャーナリスト、労働組合、宗教者などが全国から集まり、新たに提出された証拠をもとに、狭山事件の再審を求める声をあげました。
石川さんの有罪判決の証拠の主軸の一つは、被害者に宛てた脅迫状と石川さんの筆跡の一致でした。しかし、今年1月に弁護団が東京高裁に提出したコンピュータによる筆跡鑑定では、脅迫状の筆者と石川さんが99.9%別人だと解析されました。
また、石川さんの家から発見されたという被害者の万年筆も有罪の根拠とされてきましたが、今年提出された蛍光X線分析装置鑑定で、同万年筆のインクは事件当日まで被害者が使っていたインクとは別だと証明されました。
このように有罪判決の誤りが最新技術で証明されつつあるにもかかわらず、狭山事件の再審要求は裁判所に受け入れられていません。
立憲民主党代表としてあいさつに立った堀越議員は、信頼される司法制度確立のため、取り調べの可視化の実現に向けて党として引き続き努力を続けると発言。また、先の国会で証拠文書の改ざんや隠ぺいが相次いだことに言及し、狭山事件の再審を要求し続けることは、真実に対して謙虚になり、過去の誤りを誤りだと認め、まっとうな判断をする司法、立法、行政を取り戻すために、きわめて重要だと述べました。
その後、特別ゲストとして、台湾で無罪を勝ち取った元死刑囚の徐自強さんが登壇。台湾では国家機関や公務員を監査する「監察院」という機関があり、同機関の調査の結果、裁判所が事実調査の義務を履行しなかったことが指摘され、21年間の冤罪から転じて無罪を勝ち取ったことを紹介。日本の司法制度のステップアップを考えさせられる事例です。