今年は阪神・淡路大震災から25年の節目、来年は東日本大震災から10年を迎える。人的にも経済的にも大きな被害を出した経験から、防災・減災の法制度は少しずつ改善を重ねてきた。
ただ、ここ数年だけでも熊本地震、大阪北部地震や北海道胆振東部地震と自然災害が頻発する中、近い将来おこると予測される「南海トラフ地震」「首都直下地震」の被害は、戦後日本が経験したことのない規模になる予測がされている。
少子高齢化、人口減少、地域コミュニティの脆弱化、経済の低成長。阪神・淡路大震災や東日本大震災を経て、さらに進んだこれらの社会変化に、現在の災害対策は耐えられるのか。阪神・淡路大震災でのボランティアを「原点」に、防災・減災・危機管理研究の専門家として多くの被災地に入り、復興にかかわってきた関西大学社会安全学部・永松伸吾教授の研究室を訪ねた。
物的被害は小さくても生活が再建できないなら、それは大災害
——今年発災から25年を迎えた阪神・淡路大震災(1995年)では、どんな教訓がありましたか?
当時、家屋倒壊など直接的な被害で亡くなった方以外に、生き残ったにもかかわらず生活が立ち行かなくなって孤独死した方が多かったのは、大きなショックでした。その後の研究を通して分かったのは、単純に家屋に潰されたり水に流されたりして人が亡くなるだけが災害なのではなく、人々が生活を立て直すまでを災害と捉えなければいけない、ということです。
最近よく使われる「レジリエンス(元に戻る力)」という言葉は、災害対策にも当てはまります。極端な話、直接的な被害が大きくても元の生活にすぐ戻れれば、災害としては軽微なものになりますよね。逆に被害は小さくても生活を回復するのにすごく時間がかかるなら、それは災害としては大きいということになります。
物的被害を小さくすることももちろん大切ですが、被害からいかに速やかに立ち直るかという面も防災・減災の非常に重要な考え方です。研究者や行政では、今はそういう方向で議論が進んでいます。
グローバル化、社会インフラの進化は「災害」のかたちを変える
——著書『減災政策論入門』には、経済や社会がグローバル化する中で起こった日本で最初の大災害が阪神・淡路大震災であると書かれていました。そこからさらにグローバル化が進んで、災害はどう変わっていったのでしょうか。
グローバル化が進展して世界的な競争が激しくなると、どんな企業もオンリーワンのものを作ろうとします。それが成功すると、もうそのメーカーでなければ作れないというところに行き着きます。代わりがきかないから、その一社が被災して機能しなくなると、非常に多くの企業に影響が及ぶという現象が起きる。
それだけでなく、近年の災害では一体どこにどんな影響が出るかがわからず、被害が多様化・複雑化しています。これを社会が痛感したのが北海道胆振東部地震(2018年)のときです。道内全域が停電したことで電子マネーが使えなくなりました。電気が止まると買い物すらできなくなるというのは、10年前には考えられなかった現象ではないでしょうか。
人口減少、経済低成長時代の復興は「ハードではなく人に投資」
——もう一つ、近年の災害の特徴として、背景に高齢化・人口減少、経済低成長があると思うのですが、それは防災・減災にどう影響していますか。
人口が増加傾向にある地域が被災すると、復興のために新たなインフラが作られ、さらに人も集まるので経済が活性化します。一方で人口が減っている場所で災害が起こると、人口減少はますます加速します。阪神・淡路大震災と新潟県中越地震(2004年)では全く状況が違いました。
神戸もすでに人口は頭打ちでしたが、中越地区は地震が起こる前から人口が減っていた。そういった地域をどのように復興するかというのが大きな課題でした。その復興過程で今後のヒントになるようなことも新たに生まれました。例えば、総務省が2008年から制度化している「地域起こし協力隊」の発端は、新潟県中越地震です。当時、現地の若者によるNPOが地元の復興のために動いたことが評価され、総務省の施策として取り上げられました。復興の中で、ハードではなく人に投資する動きができたことは、大きな進化だったと思います。
——永松さんは、被災者の雇用を維持するために、復旧・復興にかかわる活動で被災者の仕事をつくる「キャッシュ・フォー・ワーク」を提唱しています。
阪神・淡路大震災の後に「就労促進特措法」ができましたが、雇用のミスマッチなどでほとんど機能しませんでした。ところが、中越地震後には被災した鮮魚小売、飲食業者が避難所向けの弁当をつくっており、災害対応そのものが被災者の仕事になっていました。ここにヒントを得て、東日本大震災時は被災者自身に被災者支援を担ってもらうなどを提案しました。
課題はありましたが、被災者が復興につながる仕事で生計を立てるという考え方は正しかったと思っています。これらの経験で、どんなことが被災者の仕事になるのかというノウハウはかなり蓄積できました。東日本大震災時は緊急雇用創出事業という、災害とは関係ない臨時の補助金を活用しましたが、今後は防災対策の中に組み込んでほしいと思います。ぜひ政治が後押ししてほしい取り組みですね。
復興のためにお金を使うほど人口が減る皮肉
——東日本大震災復興の一方で、課題はどんなものでしたか?
高い防潮堤の建設や、街全体のかさ上げにも理由があって、それは現行の制度が「防災集団移転」というかたちで大規模な復興事業を行えば、被災者の生活再建により多くの国庫補助が入る仕組みになっているからです。でも、私の研究では復興事業の規模が大きくなるほど、人口が減るという結果が出ています。工事が終わるまで待てないし仕事もないから、被災をきっかけに出ていくことにした人も、もとの居住地に暮らし続けたくても移転によってそれが叶わず、土地を離れることになった人もいました。
大規模災害に柔軟に対応できる制度、特に個人への生活再建支援の仕組みが十分に整備できていなかったために、結局人口が減ってしまう「復興」が推し進められてしまったのではでないかと思います。
——制度に課題があったんですね。今後に備え、被災者の生活再建に対してどんな制度が必要でしょうか?
家が失われたりしても生活を維持できるような、最低限の保障を充実させるべきではないでしょうか。ただしこのことは、家が全半壊した世帯への支援のための「生活再建支援法」による支給額を、現在の最大300万円から引き上げよという趣旨では必ずしもありません。民間の保険への加入を促進することも重要です。あるいはすでに述べた雇用の支援も重要です。そして、地震被害なら保険金で地震に強い家を作らなければいけないとか、水害なら床を高くしなければいけないというように、単にお金を支給するのではなく、次の災害に強い社会や街をつくっていくきっかけにした方がいいのではないかと思っています。
首都直下地震、南海トラフ地震で何が起こるか
——近い将来起こるといわれている南海トラフ地震と首都直下型地震は、特に一般の方の関心が高いと思うのですが、この2つの特徴と想定される被害や課題を教えていただけますか。
まず首都直下地震。東京には人口が一極集中しているので、ライフラインが止まっただけでも大変なことになります。例えば流通経済研究所の研究によると、東京で水道が止まった場合、被災者全員に必要な水をペットボトルで供給しようとすると、水道の復旧を考慮してもなお、13日後には日本中の在庫が底を尽くことがわかっています。
医療のキャパシティにも限界があるので、約7,400人の方が地震後に適切な医療を受けることができず亡くなるということが明らかになりました。また、何しろ人口が多いので、全ての被災者が被災地にいるままで十分な支援をするのは難しいでしょう。内閣府によると、そもそも仮設住宅すらも18万戸ほど不足するといわれています。一時的に東京を離れて避難生活をしてもらうなどの措置が必要になるでしょう。
南海トラフ地震の場合は、被災地の広域性が課題になります。被害の全体像を把握するのが非常に困難になるので、的確な救援ができるのかという懸念がまずあります。そして、関西電力の火力発電所がほとんど太平洋側にあるので、津波で電力供給が止まってしまう可能性もあります。
加えて、神戸港・大阪港・名古屋港という主要な港、東海道新幹線・東名高速道路という経済の大動脈に被害が出れば、経済的な損害は長期にわたり、甚大なものになるでしょう。また、山間部の多くの集落は孤立することになります。そして、復興の問題。広域な被災地域に、東日本大震災と同じような大規模開発型の復興事業を行えば、国の財政はもたないかもしれません。
——南海トラフ地震や首都直下地震の想定被害に対して、現段階でどんな制度の改変が必要でしょう?
現行の災害対応や被災者支援は一義的には市町村の担当です。被災して支援を受けたい場合は、基本的には市町村の窓口に行く必要があります。しかし東日本大震災では被災者が全国各地に避難したので、支援の届け方に課題を残しています。被災によって市町村の機能が停止すると支援自体ができなくなるという問題もあります。
首都直下地震や南海トラフ巨大地震の場合も多くの人が広範囲に避難すると考えられるので、どういう状況でどんな支援をどのように届けるか、被災者一人ひとりをフォローできる仕組みを作らなければいけないでしょう。
避難所に行けない、SOSの声が上げられない
——他に行き場がなく、被災地に残らなければいけない人たちについてはどうでしょうか?
今の日本の災害救援は、被災者を避難所に集めて行政が支援するという考え方に基づいています。でも東京で地震が起こったら、困窮した人全員が避難所に行くことは難しいでしょう。理由は2つあります。まず、キャパシティの問題。人口一極集中の東京では、避難所の収容能力が足りない。もう一つは、これはどこが被災地でも当てはまることですが、寝たきりで動けない、障がいがある、ペットがいる方など様々な事情で避難所に来にくい人がいます。
東日本大震災では事情があって避難所に行けず、食事や支援の情報もないまま自宅に取り残される「在宅避難者」と呼ばれた方々がたくさんいました。地域のつながりが希薄化してくると、そこに人が住んでいるかどうかも分からないケースが出てくるでしょう。避難所に支援を必要としている人が集まることを前提とせず、家に住める状態なら在宅のまま、そこに必要な支援をどうやって届けるか、そのためにそういう人たちをどうやってくまなく把握していくかが課題となります。
避難所だけではありません。大阪府北部地震(2018年)の支援をしていて感じたのは、ボランティアセンターにニーズが上がりにくくなってきているということです。家具などが倒れて困っている人たちが、公的な機関にたどり着けずに声すら上げられないといったケースは、今後もっと増えていくでしょう。
——復興財源についてはどう考えていますか。
いま私が関わっているプロジェクトでもあるのですが、復興にかかるお金の財源として、保険的な手法を使って世界中からお金を集めてくることはできないだろうかと考えています。例えば、ヨーロッパの国々と「我々の地震のリスクを買ってください、その代わり我々は、ヨーロッパの水害のリスクを引き受けます」というかたちで災害のリスクを交換するわけです。ヨーロッパが被災すればもちろん我々が負担することになりますが、我々が被災したときも諸外国に負担してもらえる。そうやって世界規模で災害の保険を考えていくフェーズに入っているのではないでしょうか。
実際にアメリカでは政府が運営する水害保険のリスクを世界中の再保険会社に買ってもらっています。日本も人口減、経済低成長という現実がある中で、自分たちだけで災害のリスクを抱え込むのではなく、国外にリスクを分散する必要があると思います。そうでないとひとつの災害で日本の経済が破綻してしまいかねません。
社会問題の解決が防災の課題も解決し得る
——これから起きるだろう災害に対して、政治の役割はどういったものになると考えていますか。
災害研究者の間では「災害は新たな問題を生み出さない、今ある問題を顕在化させる」という有名な定理があります。政治はインフラ面での防災だけでなく、今ある社会問題そのものの解決を通じて、被害を最小化することも考えるべきです。
例えば、阪神・淡路大震災時後、耐震改修促進法や自治体独自の補助制度により、建造物の耐震化は進んでいますが、100%には届いていません(※)。災害には弱いけれども家賃が安い住宅には、単身高齢者層や低所得者層による一定の需要があります。2015年に神奈川県川崎市で日雇い労働者の方たちが利用する簡易宿泊所で、11人が亡くなる火災がありました。これは、所有者の安全意識といった問題ではなく、もっと構造的な問題です。なぜそういう施設を使わないといけない人たちがいるのか、というところからスタートしなければいけません。
※国土交通省のデータによると、2013年時点の耐震化率は住宅が約82%、多数の者が利用する建築物が約85%
避難所で起こる問題もそうです。災害時、ほとんどの避難所で女性の着替えや授乳のスペースが足りないと問題視されています。過去の災害の避難所では、女性への性的暴行も深刻な問題でした。これは根本的には、現在女性が置かれている地位の低さがあるわけです。一見防災とは関係が薄そうな社会問題の解決に切り込まない限り、防災面の問題の解決につながらないことも多いのです。だから、防災というレンズを通じて、社会のあらゆる問題に人々や政治の関心が向いてほしいと思っています。
もう一つ、今後さらに人口減少が進むことを考えても、土地の利用規制をもっと本格的にやるべきでしょう。日本は私有財産を絶対視するあまり、不動産開発に対する規制が弱いように感じます。そのため湿地帯や低地帯など、本来居住に適さないような土地まで業者が開発して販売することが普通に行われてきました。そのおかげで、人口が減少しているにもかかわらず、浸水想定区域内に居住する人口は年々増えているのです。これはかなり危険だと思っています。これ以上都市を拡大していくのではなくて、安全なところに集約化していくのは必要だと思いますね。それは政治のリーダーシップがないとできないことです。
永松伸吾 SHINGO NAGAMATSU
1972年生まれ。中央大学法学部政治学科卒業、2001年大阪大学より博士号取得。「人と防災未来センター」(兵庫県神戸市)研究副主幹などを経て、2015年より関西大学社会安全学部教授に就任。専門は公共政策(防災・減災・危機管理)・地域経済復興。著書に『減災政策論入門』(2008年、弘文堂)、『キャッシュ・フォー・ワーク——震災復興の新しいしくみ』(2011年、岩波書店)。