*この記事は、2019年7月参院選の特設サイトに掲載したものを転載しています。

日本経済の停滞は人口減少による構造的変化。でも政治は「景気変動」と処理してきてしまった

上西)ここのところ、日本経済は実質GDP成長率が低迷し、国内消費の基盤となる実質賃金も低迷しています。なぜこういう状況になってしまったとお考えですか?

田中)バブル経済が崩壊して30年ほど、日本政府や経済界は、経済の停滞を一時的な景気変動の問題とみてきたからです。だから、歴代内閣はたくさん公共事業をやろう、市場に貨幣を供給しよう、企業経営の自由度を高めようと、従来の経済政策を五月雨的に投入してきたけど、期待していたような成果が上がりませんでした。そこへ、2008年のリーマンショックによって日本経済が大きく落ち込み、政権交代となりました。民主党政権は、景気変動との認識に立たない経済政策を実施しようとしましたが、不十分でした。さらに、東日本大震災によって、それどころでなくなりました。

そこで、2012年に現在の自民党政権に戻り、経済政策の出発点も景気変動の問題という認識に戻りました。現政権は、金融緩和や財政出動、規制緩和など、従来の経済政策を全部まとめて一気にやっているけど、それでもなかなか浮揚しない。それは、2008年から日本の総人口は減っているのに、人口増加と経済成長を前提とした社会システムを維持してしまったからです。

上西)なるほど。企業は経済停滞と人手不足の中、出来るだけ企業活動を維持、拡大するために一人ひとりによりたくさん働いてもらいたい、人件費も抑えたいと考えます。それに政治が同調し、2000年前後から「労働法制の規制緩和」が進められて、非正規雇用が広がりました。今では非正規労働者は働く人の約4割に達しています。

有期雇用の契約が更新されないかもしれないという不安、低賃金による経済的な不安。そういう不安を生じさせる政治に対して、おかしいと声を上げようとしても、抑圧する動きがある。今の日本は、不安や萎縮の中で生きなくてはいけない状況になっていますね。もっと力を発揮することができる人たちがたくさんいるのに、その力を発揮できる条件が整えられていない。

田中)そうですね。GDPの6割を占める個人消費がなかなか活性化しないのも、企業が活性化して収益が上がれば、おのずと経済が回復するはずだと、景気変動という認識に基づく処方箋を続けてきたからです。でも、労働者は、低賃金のままで生活が苦しいままです。しかも、長時間労働でお金を使う時間すらありません。間違った経済政策のしわ寄せが、人々の労働や生活を圧迫しているのです。

まずは、景気変動の問題というこれまでの認識から、人口減少や経済の成熟化などの経済の前提条件がひっくり返ったことによる問題と、認識を改めなければなりません。その上で、経済のボトルネックを見極めて、丁寧に解消していく必要があります。具体的には、どうすれば人々が抱える課題を解決していけるのかと発想を逆転させ、その結果として人々がゆとりを持った豊かな暮らしができるようにすることが、ボトルネックの解消となり、個人消費の活性化になるのです。これが「ボトムアップ」の好循環です。これができるかどうかに、日本経済の将来がかかっています。


最低賃金アップ、労働時間規制——安心して働ける社会へ

田中)上西さんが言うように不安や萎縮の中ではなく、安心して人々が働き、消費が活性化することで持続的に日本経済が成長していくためには、労働に関してどんな政策が必要でしょうか?

上西)最低賃金水準で働く人は、かつては主婦パートや学生アルバイトなど、家計の補助的な働き手でしたが、今は最低賃金で非正規雇用の一人暮らしとか、母子家庭で母親が生計をまかなうといった状況が広がっていますよね。最低賃金の水準を引き上げて、人々の生活を安定化させることが求められます。

あとは労働時間規制ですね。時間外労働規制もそうだし、2018年6月の働き方改革の法改正では、勤務間インターバルが努力義務としてしか導入されなかったんですが、毎日きちんと休み、睡眠をとることは日常生活を営み、健康のためにとても大切です。

田中)安心して働く、という点では公的サービスの充実も安心につながりますね。

上西)そのためには公務員の働き方が非正規雇用の不安定なものではなく、賃金水準も保障されている必要があります。たとえば保育士さんが不足するのは、重労働なのに待遇が悪くて離職に至るからですよね。待機児童問題を解消する上でも、とにかく定員を増やせばいいとか民間委託すればいいとかではなく、保育の質を低下させないためにも、きちんと処遇を改善して保育士さんの数を確保しないといけません。介護も同じです。

公務員バッシングは今でもありますが、一般の公務員の方たちの現場では、非正規や派遣労働に切り替える動きが進んできている。「官製ワーキングプア」の問題も深刻なのです。また、県庁職員の過労死など、公務員の過重労働にも目を向けなければなりません。

田中)上西さんが警鐘を鳴らしていた「高度プロフェッショナル制度」のような、「働き方の多様化」という政府の言い方には気をつけないといけないですね。

上西)「高度プロフェッショナル制度」という、残業代を払わずに、際限なく働かせることが制度的に可能になってしまうものが、「多様で柔軟な働き方の選択肢を増やす」という言い方、綺麗なパッケージで法制化されたことには危機感があります。

働かせる側は力関係の上で、働く側より強いわけです。そこで際限なく働かされないように規制が設けられているのに、その規制を外していこうとする動きは警戒していかないといけない。一方で、フリーランスの方が後から契約条件を変えられたりしないようになど、新たな規制も必要になってくるでしょう。


将来を見据えた高付加価値型の投資で、人口が減っても豊かに暮らせる街を

上西)田中さんは自治体の政策アドバイスもされていますが、今後の日本経済が大都市中心でなく、地方経済も含めて持続可能な成長を遂げるにはどうするべきと考えていますか?

田中)これまで地域経済を活性化させる最大の方法は、大企業の工場を誘致することでした。今でも多くの自治体はこれをやっています。けれども、人件費の安さを求めて地方に進出していた企業は今、アジアに進出していますし、次はインド、最後はアフリカに行くと言われています。そんな中で地方では、海外の安い人件費と競争し続けて経済を活性化をできるのか、と疑問が出ています。

そこで、これまでのように外部の力に依存するのでなく、地域の資源を巧みに活用して、自らの力で稼げるようにしていく必要があります。実は、住民たちの消費力や投資力は地域で十分に活用されていないどころか、大都市に流出する構造になっています。その結果が、多くの地方に広がる、クルマでなければどこにも行けないような街です。これからは、人口が減少しても豊かに暮らせるよう、クルマがなくても安心して暮らせるまちづくりに投資していく必要があります。それは、巨大なショッピングモールに代わり、小さな商店が主役になる街をつくることでもあります。

また、住宅にも大きな可能性があります。日本は先進国で唯一、断熱がされていない住宅建設を規制していない。だから安普請の住宅が増え、冬場の風呂と他の部屋の温度差で心筋梗塞などが起こり、高齢者が要介護になったりするんです。政府は、新築着工件数が減るのが怖いとか、安売りで売っているハウスメーカーの業績が悪化して、日本経済を傾かせる方向にいかせては良くないんじゃないか、という目先のことにとらわれています。

例えば、建物のエネルギー性能の最低規制を導入して、光熱費のかからない高付加価値の住宅を供給すれば、省エネで家計を潤すことが可能です。また技術力のある中小の工務店などの受注や売上が増える。「安物買いの銭失い」でなく、将来を見据えた投資という視点で、地域の中でお金を回すことが、地域経済には必要です。


地方活性化のキーワードは“デモクラシー×経済”

田中)もう一つ、経済を活性化させる突破口は、エネルギーです。日本は多い年だと海外から26兆円もの石油・石炭・天然ガスを買っています。でも、もしこれを1割減らして国内の経済に回せば、2兆6000億円の消費や投資につながる。

海外から化石燃料を買うのを控えて、省エネルギー、再生可能エネルギーに地域のみんなで投資をしていけば、地元でお金が回るようになりますから、所得増加につながっていく。例えば長野県や北海道のニセコ町、下川町では、このようなまちづくりを始めています。

上西)それはどういうエネルギーで、地域の人はどう関わるのですか?

田中)たとえば長野県飯田市では、地域の皆でお金を出し合って、市民エネルギー会社をつくって、太陽光発電のパネルを学校などの屋根に設置し、その収益をまちづくりに回し、地域の再生をしています。地域の外に支払っていたお金を減らし、新たな投資や仕組み、政策を導入する。そうすれば化石燃料使用が減り、気候変動を止めることにもつながって、一石何鳥にもなる。こうした取り組みが今後、必要になっていくと思います。

上西)そのためには、地域の意思決定の仕組みも変えていかないといけないですよね。

田中)そうなんです。いま、徳島県や静岡県、兵庫県宝塚市など全国各地で市民エネルギー会社が増えています。それらのリーダーの多くが女性なんです。彼女たちは地域で反原発や住民投票運動、環境運動などを引っ張ってきた人たちです。これまで、経営知識や重要な意思決定など、企業や行政機関の様々な資源が年配の男性に集約されていた。それを分散させることで、新しい地域経済が上手く回っているんです。

むしろ、既存の固定概念にとらわれない人たちが、エネルギーや空き家、買い物難民などの分野で、新たな経済活動を切り拓いています。こういう活動に多くの人が参加し、「デモクラシー×経済」を進めることが、地域経済にとっても、日本全体の経済にとっても、発展のキーワードになるでしょう。


上西充子 MITSUKO UENISHI

1965年奈良県生まれ。法政大学キャリアデザイン学部教授。東京大学大学院経済学研究科第二種博士課程単位取得満期退学。日本労働研究機構 (現:労働政策研究・研修機構)研究員を経て、2003年から法政大学。専門は労働問題。大学で教鞭を執るかたわら、「国会パブリックビューイング」代表として国会の可視化に向けて取り組んでいる。著書に「呪いの言葉の解きかた」(晶文社)、共著に「大学のキャリア支援」(経営書院)、「大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A」(旬報社)など。

田中信一郎 SHINICHIRO TANAKA

1973年愛知県生まれ。千葉商科大学基盤教育機構准教授、博士(政治学)。国会議員政策担当秘書、明治大学政治経済学部専任助手、横浜市地球温暖化対策事業本部政策調査役、内閣官房国家戦略室上席政策調査員、長野県環境部環境エネルギー課企画幹、自然エネルギー財団特任研究員等を経て、現在に至る。著書に「国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007」(日本出版ネットワーク)、「信州はエネルギーシフトする―環境先進国・ドイツをめざす長野県」(築地書館)がある。