東京の最北部に位置する足立区。昔ながらの古い町並みで知られる下町だが、大学の誘致や駅前の再開発に成功した北千住が象徴的なように、変化の時を迎えている。古い公共住宅の取り壊しが進むとともに、最近では大型マンションが立て続けに建設されるなど、ファミリー層の流入もある。
昨年は区の広報担当が「足立区は本当にヤバいのか?」というキャッチ・コピーで足立区の実情を伝える本を出版するなど、注目を集める。話を聞いたのは小椋修平。現在、区議を3期12年務めている。貧困問題やまちづくり、国際交流や子育て。「足立区は日本の縮図」と語る彼に、足立区のリアルを聞いた。
足立区は日本の縮図? 変化していく下町から見えるニッポンの課題
最初に訪れたのは、荒川に架かる鹿浜橋付近にある都営住宅だ。足立区には都営住宅が数多くあるが、高度経済成長期に建設され、現在老朽化の問題に瀕しているものも少なくない。
"足立区の特徴の一つとしてあげられるのは古い公共住宅が多いこと。東京都全体で約26万戸の都営住宅があるのですが、その1割ちょっとにあたる3万戸が足立区にあるんです。実際にこの都営住宅でも老朽化に伴う取り壊し計画が進行中で、立ち退きを求める行政側と住民との交渉が進んでいます。その一方で大型のマンション開発もあって、若い子育て世代もいる。そして町工場も、商店街も農家もある。足立区には、いろいろなものが濃縮されて存在しています。そういう意味では、ここは日本社会の縮図といった感じですね。”
"老朽化した住宅を取り壊したり、大学誘致、マンション開発が進むなかで、目に見えない貧困もあります。区議をやっている中で区民の皆さんからいろんな相談を受ける機会が多いのですが、「年金暮らしで家賃が払えない」「都営住宅に入りたいけど入れない」といった、貧困にまつわる相談も多い。残念ながら足立区は生活保護受給世帯が23区中で1番多いなど貧困の象徴となっています。しかし、このようなマイナス部分はマイナスとして認めながら真正面から取り組むと同時に、新たな街の発展、両面で改善を図っているところです。たとえば、大規模工場が撤退した跡地にマンション開発をして、若い世代を呼び込むということをやっています。”
続々と建設される新興住宅——ファミリー層の流入
足立区を歩いていると、建設中のマンションの多さに驚かされる。だが、それによって人口が増えて街に活気が溢れるようになる一方、新たな問題も生んでしまうようだ。
“今、足立区では色々なところで新しいマンションや戸建て住宅が建てられて、人口も増えています。それ自体は嬉しいことなんですけど、特に大型マンションが出来ると子育て世代が一気に移住してくるので、その地域の保育施設や小学校が足りなくなってしまっているんです。”
"条例ではマンションの建設に先立ってデベロッパーと住民が協議することが義務付けられているけど、たとえ合意が得られなくてもマンションが建てられてしまうのが現状。結果的に区民から保育所が不足しているとの陳情が多く寄せられています。保育施設に入れない待機児童ゼロを目指すべきだと長年議会で取りあげ続けてきたところですが、ようやく待機児童ゼロに向けて急ピッチで保育施設の整備が進められています。”
区をあげての国際交流の促進
新しく移り住んでくる人の中には外国人も多い。そのため、区では国際交流や多言語化を積極的に進めているという。
“足立区の人口約68万人中約3万1千人が外国人で、これは都内では新宿、江戸川に次いで3番目に多く、区内に住んでいる外国人と交流していこうという取り組みをやっています。例えば、「あだち国際まつり」という区主催のイベントが11月に行われていますが、これは区内に住んでいるいろんな国籍の人が屋台を出したり、それぞれ国の音楽を演奏したりするお祭りで、どの国の料理も美味しいし、演奏も面白い。僕も毎年行って、たくさん食べてます(笑)食文化は国際交流のいいきっかけになりますね。”
様々な場面で多言語化を進める取り組みもあるそうだ。保育園などでも、いろいろな国籍の子どもたちとその保護者に向けて、様々な言語に対応したパンフレットを発行できないかという相談を受けたという。公共施設でも多言語化を進めているところだ。
"多様な背景を持った人々が多くいる足立区だけど、それによる対立は今のところあまり感じません。多様な住民同士が平和に共存、共生しています。ただ、ここ数年急激に外国人人口が増えているので今後懸念するところではありますが。背景の異なる人々が共存していくには、直接顔を見て相手を知ることが大事。僕はそういう機会を地域として作れないかをいつも試行錯誤しています。”
足立区の強みはやっぱり“地域のつながりの強さ”
小椋は地元の新田商店街振興組合の顧問を務めており、商店街にある店の主人たちとのコミュニケーションも欠かさない。
“全国各地、昔ながらの商店街は廃れてシャッター街になってしまっている地域が多く足立区でも同じですが、まだ、肉屋、八百屋、魚屋の「生鮮三品」が残って営業しているところがあります。この八百屋さんもそのうちの一つ。ここは地域の学校にも野菜を卸していて、今のご主人が2代目です。もう後継ぎも決まっていて、息子さんが3代目になる予定です。”
"足立区は下町ならではの地域のつながりがまだまだ残ってます。実際に住んでいて下町情緒というか、人の温かさをいつも感じます。例えば僕の住んでいるところでは、街をちょっと歩くと知り合いがたくさんいて、僕の顔を見ると、「あっ!小椋さん丁度いいところにいた!」「小椋さんに頼もうと思ったのよ!」と気軽に区政への要望を伝えてくれたり、日々の生活で困っていることを相談してくれます。そんな風に足立区では人と人との距離が近くて、とても住みやすいですよ。“
“あとは、物価が安いというのも足立区の魅力の一つですね。安い値段で美味しいものが食べられるし、家賃も比較的安い。あとはお酒も安くて、千住にある昔ながらの赤提灯の居酒屋や立ち飲み屋では、安く楽しく飲めます。僕も千住にはたまに飲みにいきます(笑)また、ここ数年、千住地域に大学が次々と進出したこともあって、若者向けのおしゃれなカフェバーとかも増えています。若い人が多くなったことで街の雰囲気もずいぶん変わってきました。”
子育て世代が集まれる場所、ギャラクシティ
足立区の子育て環境が改善している象徴が、「ギャラクシティ」だ。東武スカイツリーライン西新井駅。東口を出て5分歩いたところにある。これは子ども未来創造館と西新井文化ホールという2つの施設の複合施設で、中には子どもが楽しめるアトラクションが数多くある。
“ギャラクシティというのは足立区が整備した子ども向けの公共施設で、5年前にリニューアルオープンしたばかりです。中にはアスレチックやクライミングウォール、工作教室、プラネタリウムなどの体験型アトラクションがあって、子ども達に超人気ですよ。しかも、利用料金は一部をのぞいて全部無料なんです。区外からの来場者も多くて嬉しい悲鳴ですね。”
“ギャラクシティの特徴としては、小さい子どもも一緒に連れていけることですね。例えばギャラクシティの中には保護者と0〜6歳までの子どもが一緒に遊べるスペース「ちびっこガーデン」や、一時保育施設「子育てサロン」があります。子育てサロンは平日の10時から16時までやっていて、6ヶ月から3歳までの子どもを1時間あたり500円で預かってもらうことができます。これがあることによって、例えば小さいお子さんを子育てサロンで預かってもらっている間に上の子と一緒にアトラクションで遊ぶといったこともできます。”
“集まった親たちの間でもネットワークができ、子育てについての情報を共有したり、悩みを相談し合ったりしています。こういう場所がもっと広がっていけばいいと思いますね。”
キーワードは、社会的孤立を防ぐこと
小椋はもともと就職氷河期世代。若い頃に非正規雇用の職を多く経験したことも、「一見、個人の問題に見えることも、社会の問題につながっている」という小椋の信念に繋がっている。
“区民の皆さんが抱えている困難や生きづらさというのは、一見、個人の問題に見えてしまうかもしれません。しかし、それぞれの問題の背後には、それらの根本となる社会的な問題、政治・行政の課題が必ず隠れているんです。僕は今、その根本の問題をなんとか行政の制度や仕組みを通して改善してくように取り組んでいます。”
高齢化や貧困、まちづくり、国際交流や子育て支援。多くある課題を解決するのは、「社会的孤立を防ぐ」という視点だという。
“たとえば、高齢者の方から孤立にまつわる相談をよく受けるのですが、これも個人の問題ではなく社会全体としての問題。足立区はいま、「孤立ゼロプロジェクト」という高齢者の孤立の問題に取り組んでいますが、でもそれは、本当は高齢者世帯だけに当てはまることではない。次は障がい者の孤立対策を求めています。子育てだってまちづくりだって、1人ではできない。誰もが社会的に孤立しないように、そうした視点でいろんな課題に取り組んでいきたいです。”
●小椋修平 OGURA, SHUHEI
足立区議会議員。1974年、三重県尾鷲市生まれ。大学卒業後は派遣社員など非正規雇用を経て衆議院議員秘書に。秘書時代に様々な生活相談の声が寄せられる中で、地域の暮らしの身近な声、社会的弱者・マイノリティの声を何とかしたいとの思いから2007年区議会議員選挙に立候補、現在3期目。生活困窮者の自立支援やニート・フリーターなどなかなか職に就けない若者の就労支援策について数々の政策提言をしている。