シングルマザーと聞いて、あなたはどんなイメージを抱くだろうか。「仕事と育児の両立が大変そう」「最近、周りにも増えているな」……。頭に思い浮かぶものは、ぼんやりとしたイメージしかないという人も多いのではないだろうか。
2009年に厚生労働省が公表したデータ(※1)によると、日本のひとり親世帯の相対的貧困率(※2)は、58.7%とOECD加盟国の中でもっとも高い数値にあり、多くの世帯が厳しい状況に置かれている。このひとり親世帯の8割以上が母子世帯であることから、この数値は母子世帯の貧困率と言っても過言ではないだろう。
母子世帯の貧困問題は、仕事、育児、住まいといった要因が複雑に絡み、その背景や実態はなかなか可視化されにくい。現在、社会に不安と混乱をもたらしている新型コロナウイルス対応を見ても、安倍総理が突然小中高校への一斉休校を要請するなど、仕事も育児も一人でこなさなければいけないシングルマザーがどんな窮地に立たされるかは、顧みられていない。
そうした母子世帯を取り巻く現状について、特に住まいの面から問題解決の糸口を探っているのが、研究者であり母子世帯向けシェハウス全国会議(現NPO法人ひとり親居住支援機構)の呼びかけ人でもある葛西(くずにし)リサさんだ。なぜ多くの母子世帯が貧困に陥ってしまうのか、貧困が住まいにどのような影響を与えているのか、葛西さんにお話を伺った。
※1厚生労働省「子どもがいる現役世帯の世帯員の相対的貧困率」
※2相対的貧困率-所得中央値の一定割合(50%が一般的。いわゆる 「貧困線」)を下回る所得しか得ていない者の割合。
日本のシングルマザーは、なぜ貧困に陥ってしまうのか
──今の社会における母子世帯の経済的貧困について教えてください。
2016年の国民生活基礎調査を見ると、社会保障給付費や元配偶者からの養育費を含む母子世帯の平均所得は、約270万円となっています。このうち、平均稼働所得(個人が働いて得る所得)は約213万円しかありません。
日本の母子世帯の就業率は、8割を越えています。この数字は諸外国と比べてもかなり高いんです。それでも所得が低くなる背景には、その多くが正規雇用ではなく、パートなどの非正規雇用であることが大きく影響しています。
2016年の全国ひとり親世帯等調査によると、母子世帯になった時点で未就学児童を抱えている方が半数以上。働きたくても育児のためにフルタイムの職に就くのが困難なのです。正規雇用の仕事に就いたものの子どもを預ける保育所がないという悩みを抱えた方、仕事と育児の両立に苦悩し結果的に制約の少ないパートで働くことにした方に何人もお会いしました。
──離婚による母子世帯には、養育費が支払われるから問題ないと思っている人もいますが、実際はどうなのでしょうか。
ほとんどの人が受け取っていないと考えていいと思います。少し前のものになりますが、2013年の全国母子世帯等調査のデータでは、離婚時に養育費の取り決めをしたものは37.7%と少なく、回答の時点でも引き続き養育費を受け取っているという答えは2割にも満たない状況です。離婚の際に養育費の取り決めをするという文化がまだ根付いていないのです。
離婚原因が身体的・精神的DVの場合、相手と交渉すること、コンタクトを取ることが本人にとって大きな負担となりますから、当事者だけに任せず、公的なサポートを入れることが重要です。北欧では、離婚する前に子どもの将来や権利を考えることを義務づけていて、養育費が支払われなかった場合には国がちゃんと保証してくれるところもあります。
「非正規や無職で賃貸住宅を探しても、貸してもらえない」──政策の盲点は、住宅支援
──離婚後に貧困に陥ってしまうという母子の状況が少しずつ見えてきました。では、住まいの面からみるとどのような課題があるのでしょうか。
離別母子世帯は、夫との関係が終わったあとに妻の方が家を出てしまう傾向があり、やむをえず非正規雇用や無職の状況で住まい探しを始める方がとても多いんです。でも、不動産業者は家賃不払いのリスクを懸念して貸したがりません。
残念ながら、国や行政によるシングルマザーに特化した住宅政策というものは、今はないんですよね。公営住宅や母子生活支援施設などもありますが、前者はすぐに入れない、立地が悪いなどの課題が、後者は行政の判断で緊急性の高い人にしか案内されない、門限などの規則があり心理的ハードルが高いといった課題があり、多くのシングルマザーに対する有効な支援には至っていないのが現状です。
──そうしたなか、民間事業者が母子世帯向けシェアハウスを運営する例も現れはじめていますね。
子どもの貧困問題がクローズアップされるようになり、不動産関連の事業者が「増加する空き家を活用して支援できないだろうか」と考えたのでしょうね。行政に相談しても解決策が見つからず24時間営業のファミレスや公園で数日しのいだという方もいる中で、シングルマザーを受け入れてくれる不動産業者さんが出てきたことは、すごくインパクトのあることでした。
シェアハウスの入居はつなぎとして契約期間中にとにかく働いて実績をつくり、次の住まいを借りようとしている方もいれば、職はあるけれどコミュニティがほしかったという方もいらっしゃいました。今は全国で30軒ほどあるはずです。
「子どもを殺さなくて済んでよかった」──シェアハウスが、孤独や不安を解消するコミュニティになっている
──具体的にどのようなシェアハウスがあるのか教えてください。
東京・用賀にある「MANAHOUSE上用賀」は家賃が最大15万円と高めなのですが、それは夕方の保育所のお迎え、夕ごはんの提供、21時までの子どもの見守り、水道光熱費を含んだ金額です。さぞかし高収入の世帯が入居しているだろうと思ったのですが、実際は母子世帯の平均年収の少し上くらいの層が多いそうです。残業を一切しないで済む仕事に就ける人は一握りで、何かある度にベビーシッターを探すのは大変だし、費用もかさみます。夕食つきというのが大きいですよね。子どもは見知った大人やほかの子と一緒に食卓を囲めるから寂しくないし、入居されているお母さんたちは精神的にも体力的にもだいぶ助かっていると話していました。
──とてもいいシステムですね。ほかにもありますか。
千葉・南流山にある「マムハウス」は、洗濯代行店と認可保育所が1階に入っていて、2階に住むシングルマザーが洗濯代行店で働き、保育所に子どもを預けることができるんです。都内までつくばエクスプレスで20分くらいと好立地で、家賃は7万円代です。
自前でケアをつけようとするシェアハウスが多い中、ここでは理念の合う認可保育所にテナントとして1階に入ってもらっています。テナント料が入るので、家賃を安く抑えることもできるんです。また、未経験でも研修を積めば働けるということで洗濯代行店にしているそうです。
無職のシングルマザーは、保育所に子どもを預けたいと思っても断られることが多く、「だったら」と仕事の面接に行った際には「保育所が決まっているか」と聞かれてしまうような状況にいます。どこから手をつけていいのかわからなくなり、最終的には住まいがなくなってしまうのです。そういった問題を解決するために、「マムハウス」では住まい、職場、保育所の3つを揃えたんです。
入居後の生活を考えても、ひとりで子育てするのは大変ですから、この3つが近くにまとまっていることは非常に重要です。
──シェアハウスは誰かと住むことによる精神的なセーフティネットにもつながりそうですね。
あるシェアハウスで、若いお母さんに「入居してよかったことは?」と質問したところ、「子どもを殺さなくて済んだこと」と返ってきたことがありました。「普通のアパートに住んでいたら、寂しくて子どもを置いて出て行っていたと思う」って。シェアハウスでは、ほかの入居者が子どもの世話を焼いてくれたり、病気になったときに看病してくれることもあるんですよね。母子世帯と単身者が一緒に暮らすシェアハウスもあり、お互いの孤独や不安を解消してくれるコミュニティとしても機能しています。
その一方で、本当だったら一般の住宅で暮らしたいけど、入居できないから仕方なくシェアハウスで暮らしているという人もいるわけです。シングルマザーが暮らせる一般住宅を提供する制度があった上で、シェアハウスを選択肢として位置づけることが重要だと私は考えています。
“民間に任せきり”は危ない。政治の役割は専門的なソーシャルワーク
──国や自治体が母子世帯向けシェアハウスに対してできることはあるのでしょうか。
シェアハウスの事業者が一番怖がっているのは、行政とのつながりがないため何かあったときに頼ることができないことなんです。入居者の中には、経済的に困窮して家賃を滞納してしまう方もいれば、精神的に不安定になっていてほかの入居者とのコミュニケーション面で問題が起こる場合もあります。入居相談に来る段階で「今日行くところがない」「DVで逃げてきた」などさまざまな困難を抱えていることも多く、対応には福祉に関する知識やスキルが求められます。ここは民間に任せっきりになるのではなく、行政やNPOとの連携が必要です。お互いに情報や知識を共有して連携する体制ができればと思っています。
また、母子世帯向けシェアハウスは採算が取りづらく不払いのリスクも高いので、資金援助や家賃補助が少しでもあるといいのではないでしょうか。もし経営が行き詰まり撤退するとなったときに、一番被害を受けるのは入居者です。住むところをいきなり放り出されてしまうのですから。せっかく母子世帯向けシェアハウスという存在ができて全国的にも増えてきているので、国としてそこをどうサポートしていけば持続可能なものにできるのかを考えていく必要があります。
日本の母子世帯支援、「貧困解消」だけで良いの?
──海外では母子世帯の状況はどうでしょうか。
コペンハーゲンで女性やひとり親の支援をしている方々に日本の母子世帯の問題について話したとき、「それは貧困問題で母子世帯の問題ではない」と言われたんです。「シングルマザーの問題は、一人で子育てをしなきゃいけない大変さといった点なのに、あなたが言っていることは終始貧困問題だよね」と。
日本だとやっぱりシングルマザー支援は、全般的な貧困解消にとどまっています。シングルマザーが貧困に陥るのは、そもそも日本の女性の地位の低さ、男女間の賃金格差の問題が関係します。貧困問題と切り離したジェンダー不平等も考えないといけない、手当てや控除をする今のような支援だけでは、根本からの解決はできないと思いましたね。
「子どもが成長したからといって、生活は楽にならない」──住宅政策に必要なのは、長期的なビジョン
──やはり日本では有効な施策がないのでしょうか。
兵庫県神戸市が独自で家賃補助を始めていますね。末子に18歳未満の子どもがいるひとり親世帯に最大6年間、月1万5,000円の家賃補助をするというものです。
子どもが小さい時に住みはじめた住居だと、成長するにつれて狭くなったり、個別の部屋が必要になったりするんですよね。その時に、住み替えをしたいと思っても、これ以上家賃を出せないとおっしゃるお母さんはすごく多くて。それで、支援者の方から何とか家賃補助みたいなものをつけてあげられないかと相談があったそうです。
国の制度を使っているわけではなく、市の財政で行っている試みです。これはすごくいいと思います。2017年から始まって100件以上を補助していると聞きました。緊急で住まいが必要な場合は使えませんが、救われているお母さんはたくさんいらっしゃると思います。
──最後に、母子世帯の住まいに向けた国の施策について、葛西さんのご意見を聞かせてください。
まずは、収入の約1/3を費やすと言われている家賃に対する補助を普遍化してほしいですね。そこの負担が軽くなるだけで経済的、精神的に救われるお母さんは多くいます。先ほどお伝えしたとおり、海外でも家賃補助を行っている国はたくさんあるので、ぜひ日本でも導入してもらいたいです。
また、公営住宅も母子生活支援施設も、シングルマザーからのニーズに応えられていない、行政がマッチングをしていないなどの理由で十分に活用できていないケースが見受けられます。そういった既存施設の制度や設備を見直し、活用することを考えていただきたいです。
そして、一番重要なのは国として包括的で長期的な住宅政策をビジョンとして持つこと。住宅のコンディションや質を上げていくことも必要ですし、子どもが成長したらシングルマザーの生活が楽になるかというとそう簡単にはいかなくて、今度は高齢期が待っています。ずっと低空飛行で働いてきたお母さんたちは持ち家もありませんから。そういったことも含めて、「長きにわたって安心して暮らせる住まい」というビジョンで住宅問題を考えていってほしいです。
葛西リサ RISA KUZUNISHI
1975年生まれ。2007年神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了(学術博士)。立教大学コミュニティ福祉学部福祉学科所属日本学術振興会特別研究員。生活経営学・住宅政策・居住福祉・家族福祉・ジェンダーを専門として研究を行っている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(2017年/日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(2018年/西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)がある。