法務省出入国在留管理庁(通称:入管)の施設に外国人が長期間収容され、被収容者に対する非人道的な扱いや施設の環境が問題となっている。

入管施設に収容される外国人は、在留資格を持っていない、更新が認められないといった理由で日本からの強制退去を命じられた人たちだ。ただ、中には祖国の情勢が不安定で帰国すると命の危険があったり、長年の日本暮らしで家族もでき、帰国することで家族と引き離されてしまったりといったケースがあり、帰るに帰れず長期収容されている。

加えて、祖国での弾圧から逃れて日本で難民申請をしても、認定されるのは申請者のわずか0.3%(法務省公表データ、2018年)。難民申請中の人は強制送還されないため、これも長期収容者増加の原因となっている。

弁護士の児玉晃一さんは、市民運動や政治とともに、この入管施設での人権侵害に四半世紀にわたり取り組んできた。現在入管施設で何が起きているのか、諸外国と日本の状況の乖離、それらに対して政治や市民がどう関わるべきかを聞いた。

ハンストによる餓死者も…長期収容の実態

——入管施設で今、どんなことが起きているのでしょう。

2016年に政府が「2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて安全安心な社会をつくる」という方針を掲げ、法務省入国管理局長(当時)がこれを実現するために、不法滞在者や送還を拒否している人を減らそうと通知を出しました。

このあたりから入管施設に収容されている人がなかなか外に出られなくなる状況が続いています。以前は半年から1年ほどで外に出てこられたのですが、いまは2年、3年、4年と長期にわたって収容される人が増えてきました。

そういった状況に対して、ハンスト(ハンガーストライキ)をすることで意志表示する人が2019年に急増しました。彼らにしたら、それしか抵抗の手段がないのです。2019年の6月に長崎県の大村入国管理センター内で餓死する人が出るという非常にショッキングな事件が起きました。

——施設の環境的な問題点を教えてください。

適切な医療ケアは昔から全然できていません。入管施設での医療の目的は「治すことではなく、収容や強制送還に耐えられる程度の健康を維持する」というものなので、それが変わらない限り医療問題は解決しないと思います。もっと酷いのが精神衛生です。収容された人は、いつまで収容されるか分からず、先が見えない不安とストレスを抱えています。

施設の中では基本的に雑居で、プライバシーはほぼないと言えます。携帯電話は取り上げられ、電話は施設内の公衆電話に限られます。面会も、例えば平日の9時~15時、1回15分といった具合に制限があります。

——海外の入管施設も同じような状況なのですか。

私が2012年と2014年に視察に行ったイギリスの入管施設では、携帯電話で24時間いつでも外部に電話できますし、メールも送れる。面会も365日、14時~21時まで可能で、時間制限もなく、遮へい板もないロビーのようなところで会えます。「施設の中と外で可能な限り同じような自由を保障しないといけない」という考え方が浸透していました。

グローバルスタンダードとかけ離れた日本の入管当局

——日本の「収容」に対する考え方も世界の標準から離れていると聞きます。いわゆる「全件収容主義」とはどんな考え方ですか。

入管が外国人の強制送還の手続きを進めるために、全員を収容するというのが全件収容主義です。刑事事件だと容疑があるだけでは捕まえられず、逃亡の危険がある場合や証拠隠滅の可能性がある場合にはじめて、勾留状(検察官の勾留請求を裁判官が認めたときに発付する書面)を取って、10日間の拘束ができます。

しかし入管法(出入国管理及び難民認定法)の場合には、そういう規定がありません。入管法の違反容疑さえあれば、収容令書を発付して原則30日間、延長して60日間収容することができる。強制送還の命令がその後出てしまえば、送還可能な時まで無期限収容ができることになっています。

——日本以外に、全件収容主義を採用している国はあるのですか。

オーストラリアがそうです。ただ、国連の規約人権委員会というところで、全件収容主義は国際人権規約の9条1項(※すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は抑留されない。何人も、法律で定める理由及び手続によらない限り、その自由を奪われない)が規定する「恣意的拘禁」に当たると何回も指摘されています。

オーストラリアでは、国内で最高裁まで手続きを取った上で、それでもまだ国際人権規約違反の疑いがある場合には、その個人が国連に対して通報して、それで条約違反かどうか審査してもらえる「個人通報制度」というものを利用できます。個人通報制度を定めている選択議定書を批准しているためです。

日本は選択議定書を批准していないので、個人が直接国連に持ち込むことができません。個人通報制度が適用されれば、間違いなく日本の全件収容主義も恣意的拘禁だという指摘が出されるはずです。

——日本とオーストラリア以外の先進国では、どういった方針をとっているのでしょうか。

収容はあくまで最終的な手段。他に取りうる手段を全て検討した上ではじめて収容するのが、おそらく全ての国のスタンダードになっているはずです。韓国も、もちろんイギリスも。

他に取りうる手段として、例えばカナダでは、テロの疑いのある人について、GPSを付けて収容はしないという決定をしたと聞いたことがあります。そして、GPSの必要があるかを定期的に検証し、GPSを外す措置をしたとのことです。テロの疑いがある人でその扱いです。日本とは全然レベルが違いますね。

——日本が国際的なスタンダードとかけ離れているのですね。

イギリスに視察に行って、国際的なスタンダードはこれだという確信を持ちました。入管の収容に対して私たちが裁判で訴えていることは間違いないと。

日本では裁判所が全然取り合ってくれず、私たち弁護士も「やってもどうせ通らないだろう」という意識を持っていたんです。でも、間違っていることは間違っていると言い続けないといけないし、もっと強く継続的にやらなくてはいけないと、自分たちの姿勢を改めました。

きちんと戦っていこうという決意表明として、視察に行った仲間たちと「ハマースミスの誓い」を立て、協力してこの問題に取り組んでいます。ハマースミスというのは滞在していた町の名前です。

戦前の制度よりもはるかにひどいことが行われている

——無期限長期収容の法的観点・人道的観点からの問題点は何でしょう。

いま行われている無期限長期収容は、諸外国が行っている収容のルール(必要最小限で、他に取り得る手段がない場合にはじめて収容する)から明らかに逸脱していて、人道上の問題にも直結しています。

2018年2月に法務省の入管局長が「『重大な罪を犯した人』『再犯の恐れが払拭できない場合』『社会生活に適応できない人』等については原則として仮放免させない」という内部文書を出しています。

戦前の治安維持法では、1941年から「予防拘禁」が行われましたが、その対象者は『再犯の恐れが顕著な場合』で、裁判所の決定がなければ実行されませんでした。これに対していま入管が行っている長期収容は『再犯の恐れが払拭できない場合』で、しかも入管当局の判断で実行している。戦前の予防拘禁よりもはるかに酷いことが、今まさに行われているんです。

——外国人は社会に不安を与えていると、入管当局の裁量で決めてしまっているということですね。

そうです。『再犯の恐れが払拭できない』かどうかという判断は刑事政策的な、専門的な分野です。それを入管の所長が勉強しているとは考えにくい。彼らはあくまで入管のプロであって、犯罪防止のプロではありません。そういう人たちに判断をさせているのが現状です。

法務省は、刑期を終えた人を社会で支えましょうと言って、彼らが社会復帰をするために積極的な雇用を促し、それが再犯防止につながると民間企業に協力を依頼しています。一方で、外国人は社会に不安を与える存在だからと言って捕まえ続けている。これは明らかなダブルスタンダードです。

難民認定率0.3%という異常さ

——日本の難民認定率はとても低いと聞きます。他の国であれば難民認定されていたかもしれない人が、日本では入管施設に収容されているかもしれないということですね。

認定率が0.3%というのは、難民条約(1951年「難民の地位に関する条約」と1967年「難民の地位に関する議定書」)に加入しているとは言えないレベルですよね。G7の中には50%を超えている国もあります。国際的な条約に加入して、難民を保護する約束をしているのに、日本だけ独自に解釈を狭めるのは、同じ条約に加入していることになりません。

——日本の難民認定率が非常に低いことについて、国際的には認識されているのでしょうか。

国連難民高等弁務官事務所の代表が、日本の難民認定率があまりにも低いことを記者会見で批判をしていましたが、その認識はあまり広まっていません。JICAなどが積極的に人道支援を行っている国では、日本に親近感を持っています。加えて、第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けながらも、短期間で復興したということで、敬意の対象にもなっているんですね。

そういう経緯もあって日本に逃げてきた人たちが、ことごとく難民申請が通らずに収容されてしまったりしている。日本では1,000人に3人しか難民認定されないなんて、まさか思っていなかったでしょう。

外国人の人権を制限する“呪いの判決”

——入管施設でのひどい状況を司法で解決できないのは、最高裁での「マクリーン判決」の影響が強いと聞きます。

マクリーン事件は、1969年に英語教師として来日したマクリーンさんが、日本でベトナム戦争に反対するデモ活動に参加したことを理由に、在留期間の更新を拒絶された事件です。最高裁はこの事件に対し、1978年に「外国人の人権は在留制度の枠内で保障されている」と判断しました。このフレーズがいまだに、外国人の人権を守るにあたって足を引っ張っています。国側がそれを拡大して使って、裁判所も無批判に取り入れてしまっているように思えます。

当然のことながら外国人も、移動の自由、身体の自由、拘束されない自由を有しています。誰もが生まれながらにして持っている権利です。ですから、拘束されない自由を制限するなら必要最小限でないといけない。しかし、「この収容は拘束されない自由を必要以上に制限している、おかしい」と裁判所に訴えても、「『外国人の人権は在留制度の枠内において保障される』から、拘束されない自由もその限度だ」と過去のマクリーン判決を楯に言われてしまうわけですね。

その理屈だと、オーバーステイなら捕まえて、先の見えない長期収容をしても何をしてもいいということになります。それは根本的に人権があるということと全く矛盾する話なのですが、「外国人の人権は在留制度の枠内で」という40年以上前のマクリーン判決は、呪縛としてずっと裁判官に残っている。本当に大きな呪いです。

——その呪縛を解くために必要なことは?

私が生きているうちに一番できそうなのは、先ほど話した、個人が国連に通報できる個人通報制度を定めた選択議定書を日本が批准することです。そうなれば、現状は間違いなく恣意的拘禁と判断されます。裁判官は、最高裁の判断が国連で覆ることを嫌がるはずなので、自主的に変えてくるんじゃないでしょうか。選択議定書を批准するには国会の承認が必要なので、政治の力が必要になります。

市民の関心がないと、政治家も動けない

——長期収容を解決する手段しては法的・政治的にどういうやり方があるとお考えですか。

長期収容がまかり通る原因は、仮放免の許否や収容するか否かの明確な要件がなく、権限のすべてが入管当局に集中しているためです。まずはすべての収容に対して、その要件と、期間の上限を入管法の条文で明記すべきです。また収容や仮放免について司法判断を受けられるようにすることも重要です。

また根本的には、入管と難民認定は似て非なるものだから、難民認定は入管ではなく独立した別の機関で行うべきだ、というのが難民事件を扱っている弁護士達の共通した考え方です。入管の基本的な姿勢は、不良外国人を日本に入れない、日本から排除するというものです。それに対して難民認定は全く逆の人道的マインドが必要なのです。

——これから政治に期待することはありますか?

長期収容の問題で院内集会を開いたときは、議員さんが衆参合わせて12人来てくださいました。全体では120人くらい集まって、大きな動きができつつあるとすごく期待しています。

私たちは弁護士なので、ホームグラウンドは裁判所であり、裁判所や裁判官を動かせるのも私たちなんだろうと思うんです。ぜひ私たちを活用して、法改正に至るような大きな動きにつなげてもらえるとありがたいです。

——市民にもっと知ってほしいことはありますか?

一般の人がこの問題を知り、関心を持っていただくことが重要です。市民の方の関心がないと、政治家も動けないでしょうから。

入管問題に関わり始めた25年前と比べて大きく違うのは、SNSの存在です。例えば2019年3月に東京入管に来た救急車が当局によって2回追い返された時は、Twitterで広く拡散され、抗議のために入管前にたくさん人が集まってくれました。そういう力を市民一人ひとりが持ちうる時代になったのは、希望だと捉えています。

いろんな立場のプレイヤーがそれぞれの活動の場所で各自の役割を果たすことで、現状を打破していけたらと思っています。

児玉晃一 KOICHI KODAMA

1966年生まれ、早稲田大学法学部卒業。東京弁護士会外国人の権利に関する委員会委員、全国難民弁護団連絡会議世話人などを歴任。「全件収容主義と闘う弁護士の会 ハマースミスの誓い」代表。著書に『難民判例集』(2004年、現代人文社)、共著に『コンメンタール 出入国管理及び難民認定法 2012』(2012年、現代人文社)、『移民社会20の提案』(2019年、移住者と連帯する全国ネットワーク)など。