昨年、カジノを含むIR(Integrated Resort、統合型リゾート)を日本に作れるようにする法律が制定された。その後、開業を急ぐ事業者や自治体に合わせるように、次々と手続きが進む。現在開会中の臨時国会では、事業者の審査・監督を行う「カジノ管理委員会」の人事案が審議される予定だ。
そんな中で今年8月、神奈川県横浜市の林文子市長がIR誘致計画を発表した。これまで「白紙」としていた中での突然の発表に、建設予定地の港湾関係者や市民から反対の声が上がり、IR問題は再び注目を集めている。
観光振興、地域振興、税収増と、推進派の人々はIRの利点を並べるが、静岡大学の鳥畑与一教授は「IRは日本の経済発展にはつながらない」と、経済効果自体を疑問視する。その理由を聞いた。
推進派:経済効果VS反対派:依存症懸念ですれ違っていた議論。実は経済効果自体あやしい
——鳥畑さんは国際金融論がご専門ですが、カジノの問題に関心を持ったきっかけは何だったのですか?
2004年ころから多重債務が社会問題になり、消費者金融の上限金利引き下げの研究をしていました。そこで多重債務に追い込まれる原因の借金は、パチンコをはじめとしたギャンブルが原因であることが多いと気づき、ギャンブルに批判的な研究に関心を持ちました。
2013年にカジノ推進法が国会に提出された当時は、IR誘致推進派はとにかくカジノの合法化により税収が生まれる、雇用が増えるといった経済効果があり、地域経済が活性化すると主張していました。対する反対派は、ギャンブル依存症が増える、治安が悪化するといった理由から反対し、いわば違う土俵で議論をしていた。そこでわたしは1999年に米国議会が出した「ギャンブル影響度調査委員会報告書」を読み込んだのですが、IRは日本の経済発展につながらないことが分かってきたんです。
——そもそも、日本で展開が予定されているIRはどういうものなのでしょう?
カジノだけでなくホテルや劇場、レストラン、国際会議場、ショッピングモールなどを集めた、大規模なリゾート施設です。早いところでは2020年から立地自治体による業者の選考が始まりますが、米国・ラスベガスやマカオ、シンガポールでIRを運営している米国の事業者などが、選考に参加すると発表しています。
——なぜ米国の事業者が日本に進出するのですか?日本の事業者ではいけないのでしょうか?
これまで日本ではカジノが禁止されていたので、IRの運営ノウハウがないのです。米国では長い間、カジノを合法化していたのはネバダ州とニュージャージー州だけでしたが、90年代に急速に合法化する州が増え、過当競争になっていきました。そこで、運営する企業がイギリス、マカオ、シンガポールへと海外進出を始めました。例えばラスベガス・サンズは儲けの6割がマカオ、3割はシンガポールです。
ただリーマン・ショックを境にして、マカオでのカジノ売上はピーク時に比べて3割落ちています。中国経済も伸びているとは言え、失速している。米国のカジノ企業にとっては、リスク分散の面から日本進出が重要なんです。
——IRの中で、カジノはどういう位置づけなのでしょう?
日本はIRの施設面積のうちカジノの面積は3%以内と定めています。推進派はこのことを指して、IRはカジノが中心ではない、いろいろなエンターテイメントがあるから家族で楽しめる施設なんだと言います。たしかにそうなのですが、問題なのは施設運営のための利益の大半をカジノが稼ぎ出すビジネスモデルです。日本での事業に名乗りを上げている業者が海外で運営するIR、例えばシンガポールのマリーナベイ・サンズは、IRでの利益の8割をカジノが占めています。
「カニバリゼーション」で地域経済にマイナス効果
——そのビジネスモデルのために、どんな問題が起こるのでしょう?
「カニバリゼーション(共食い)」と呼ばれる効果で、地域経済にマイナスの影響を与えると予測されます。カジノは新たな価値を生み出す生産的営みではなく、賭けを通じてポケットからポケットへお金が移動するだけです。もし顧客がすべて外国人観光客だったら、外貨を日本に持ち込んでくれる施設となるわけですが、日本のIRは、外国人専用ではないのです。だから日本のIRは日本経済の消費を奪って、海外資本のカジノ産業が潤う仕組みです。例えば地域住民がカジノで負けて、自動車を買う予定だったのをやめるとか、日本経済から消費が奪われるわけです。
——政府はIR誘致のメリットの一つが観光振興だと言っていましたが、外国人観光客の人たちが主な顧客ではないのですか?
違います。当初は外国人専用で作ろうと模索されていましたが、経営が成り立たないということで、日本人も対象になったのです。たとえば大阪・夢洲でのIR計画に名乗りを上げている事業者の推計では、顧客に占める外国人観光客の割合は2、3割です。横浜も同様です。
IRが出来れば、もちろん施設建設やゲーム機器への需要は生まれますし、運営・保守管理やゲーム操作をするディーラーをはじめ従業員の労働力は必要とされます。だから関連産業の企業は恩恵を受けられる可能性がある。
でもその雇用をまかなう利益はどこから出るかというと、ほとんどが立地地域やその周辺の住民がカジノで負けたお金になるのです。IRの経済効果は何兆円、何千億円といった推計が様々な機関から出ていますが、マイナスの経済効果を無視してプラスの効果のみを強調するのは、一面的な評価にすぎません。
ビートルズが泊まったホテルも廃業——不当な競争にさらされる地元業者
——それでもIRが出来れば、その地を訪れる人が少しは増えて、近隣の飲食店などに波及効果が出そうな気がします。
日本に進出予定の事業者が海外で展開するIRでは、カジノでの賭け額の一定比率をポイントとして還元し、そのポイントを使ってIR内で宿泊・飲食・娯楽が無料か格安で受けられる「コンプ」と呼ばれるサービスを展開しています。
そうすると、コンプを使うお客さんは基本的にIRの外に行かない。ホテルや劇場、レストランそれぞれの事業部門で利益を出すわけではないのです。結果、地元の飲食店や宿泊施設は不公平な競争を強いられて、地元の客がIRに吸い込まれ、消費が落ち込んでしまう。失業者も出る。カジノの儲けでコンプをして、客を引っ張ってきて、ギャンブルに誘導して、とにかく儲けるというビジネスモデルです。
2018年のデータでは、初訪問者でカジノ目的でラスベガスに来る人の割合はどんどん減っていて、たった1%。でも70数%の人が滞在期間中にギャンブルを体験して、ハマる人が出てくる。そして2回目以降の訪問者の調査データでは、主目的がカジノと答える人が9%、とぐんと増えるんです。
私は2014年、IRの効果を実地で調べようと、米国ニュージャージー州のアトランティックシティに行きました。人口4万人ぐらいの小さな街に年間3,000万人くらいの観光客が訪れていた。だったら街は観光客があふれて繁盛していると思うでしょう。ところが、全然そうじゃなかったんです。海岸沿いのボートウォークというところに大型のIRが並んでいて、一つ路地を入るとそこに昔の目抜き通りがあるんですけれど、本当に閑散とした通りになっていました。カジノが出来てから、レストランやホテルが多数潰れたのです。案内してもらうと、「ここは昔、ビートルズも泊まった有名なホテルがあったんだけど、今は空き地だよ」といった話をいくつも聞きました。
——自治体はIR誘致を慎重になるべきですね。
カジノ事業者に課す納付金は収益の30%で、それを国と地方自治体とで15%ずつ分配します。でも税収が生まれると言ったって、そのもとは地域の人たちが負けたお金です。地域の商店がつぶれたり、失業者が出たりすることで減る税収もあります。ギャンブル依存症対策や支援にも税金を投入しないといけません。米国ニューハンプシャー州は、こういった視点から財政への影響を試算し、誘致をやめました。日本の自治体も、もっと慎重になるべきです。
ギャンブル依存症対策は「世界最高水準」?!
——日本はすでに、パチンコによるギャンブル依存症が問題になっています。カジノも同じように依存症になるおそれがありますが、対策は十分なのでしょうか?
政府は「シンガポール型がモデルの、世界最高水準の依存症対策」と言っていますが、全然違います。シンガポールではNCPG(国家賭博依存症評議会)という独立機関の対策が有効性を発揮しています。地元の市民がカジノに入場する時は、IDを確認しないと入れない、誰がいつ何回入場したか、すべてNCPGに対してオープンになるんです。それで多い人は預金通帳も含めて財産をチェックし、問題があると立ち入り禁止にします。
——日本が予定している対策はどんなものなのですか?
週3回、月10回までと入場回数を制限する他、毎回6,000円の入場料を課すことでカジノ利用を抑制するとしています。でもアメリカやオーストラリアでは、カジノの常習者かどうかの基準はだいたい週2日です。週3回、月10回では全然カジノ依存症対策になっていなくて、むしろ依存症促進策です。入場料6,000円も、本当にお金がない人を排除する効果はありますが、そもそもカジノのターゲットであるミドルクラスから富裕層にとっては、入場料は全くハードルにはなりません。
わたしが一番危機感を覚えるのは、依存症対策を専門とする独立機関がないことです。「カジノ管理委員会」が来年初に出来る予定ですが、その中の一つの部署の仕事の一つに、依存症対策が入っているだけです。カジノを推進する立場の政府機関であるカジノ管理委員会に、効果がある対策ができるのか、疑問です。
横浜にIRができるなら、関東全域がカジノのターゲット
——IRは誘致には様々な課題があることが分かりました。でも、立地予定自治体以外の人たちにとっては、関心を持ちにくい社会問題かもしれません。
誘致予定自治体以外の人たちにも、IRの規模の大きさを考えてみてほしい、と思います。例えば横浜市の記者会見では、IRにより年間の税収1,200億円が期待できるということでした。この税収の内実が公開されていないので少し過大な試算になりますが、ひとまずすべてがカジノの儲けから来る納付金だと仮定すると、8,000億円カジノで儲けないとその税収額は生まれない。
神奈川県内のパチスロ売上の推計は1,500億円ほどです。いかに1カ所のIRが、今の日本のギャンブル市場と比べて巨大な規模なのか、よく分かりますよね。それほどの儲けを生み出すためには当然、横浜市や神奈川県だけでなく、東京都民、関東全域の人たちがターゲットになる。
それから、ギャンブル依存症は「隠す、否認する、巻き込む病気」と言われています。最初は自分のお金でなんとか遊ぶお金を捻出していても、足りなくなったら家族の生活費、貯金に手を付けたり、友人や親戚に借りる。さらに借りられなくなったら、会社のお金を横領したり犯罪をしてしまったりとエスカレートして、ようやく自分で治さないといけない、と気づく。自分はカジノをやらないから大丈夫というわけではなく、いつでも巻き込まれる可能性があるんです。全然他人事じゃない、日本全体の問題です。
——日本でのIR展開に危機感を持って反対しようとしても、すでに法律関係は整備されています。これから、どんな手続きを経てIRが開業されていくのですか?
今後、誘致を希望する自治体が事業者の公募選定、実施方針の策定に入ります。でも、今まで説明されてきた開業までのプロセス・手続きが、非常に形骸化しています。本来は内閣府に「カジノ管理委員会」を作ってから、自治体がIRを誘致する時に満たすべき条件を定めた「基本方針」の策定、パブリックコメントの受付、という段取りだったのが、先に基本方針を決定してしまった。早くIRを開業したい自治体、カジノ事業者の都合に合わせて、手続きがなし崩し的になっているんです。
先日わたしは、横浜市議会で参考人質疑をしましたが、まだ議会に対してはIR事業者からの提案書などのプランが明らかにされていないということでした。自治体住民の意思が大事にされないといけない場面なのに、まともな情報を得られないままに議論を進めるような状況は、非常に問題があります。
カジノは世界中にある。日本にしかない観光資源に注目を
——IRでないとすれば、どのような観光振興が考えられるでしょうか?
推進派は、カジノは世界120数か国にあるのに日本にはないから、国際観光競争力が落ちてしまうと喧伝します。でも国際観光業の強化を大義名分としてIRを作ったシンガポールは、世界経済フォーラムによる旅行・観光競争力ランキングの順位を落とし17位。一方IRを持たない日本は4位です。2011年にIRが出来たシンガポールと比べて、外国人観光客数も消費額も、毎年日本の方が伸び率が大きいのです。様々な調査や国の会議で確認されているように、観光資源は日本にしかない自然や文化、食であって、世界のどこにでもあるIRではありません。
現在のIR誘致では、地元の消費が海外のカジノ事業者に吸い取られてしまう。これでは日本の各地域が持つ豊かな可能性を損なってしまいます。また人材やネットワークを開発し、官民連携でMICE(企業などの会議、報酬・研修旅行、国際会議、展示会)の誘致に成功している事例は世界にたくさんあります。日本の国益、経済発展につながる道は、カジノ以外にもたくさんあるはずです。
鳥畑与一 YOICHI TORIHATA
1958年生まれ。静岡大学人文社会科学部教授。専門は国際金融論。大阪市立大学大学院経学研究科後期博士課程修了。著書に『略奪的金融の暴走:金融版新自由主義のもたらしたもの』(2009年、学習の友社)、『カジノ幻想「日本経済が成長する」という嘘』(ベスト新書)など。